メンタルヘルス医療の新潮流:治療用アプリと医療サービスを掛け合わせたemolの挑戦
シリーズAラウンドを発表したemol株式会社が、資金調達のタイミングで新たな戦略を打ち出しました。一般消費者向けメンタルヘルスアプリから、医療領域へと軸足を移し、強迫症や社交不安症といった特定の疾患に特化した治療用アプリの開発を推進。
日本の精神科医療における認知行動療法の実施率の低さという課題に着目し、疾患の啓発から、医療機関への受診、治療、そして再発予防までを包括的に支援する「ペイシェントケアプログラム」の構築を目指します。
テクノロジーでメンタルヘルスケアの未来を切り拓く注目すべきスタートアップです。
こちらは、2025年1月10日にGCP House内で配信したPodcastの書き起こし・一部編集した記事となります。
メンタルヘルスの常識を覆す: Emol CEOが語る医療アプローチへの戦略転換
GCP中安)本日のエピソードは、シリーズAラウンドの調達を発表されたEmol株式会社のCEO千頭さんにお越しいただきました。どうぞよろしくお願いいたします。今回ご調達おめでとうございます。私達もご一緒させていただきとても嬉しいです。最初に千頭さんの自己紹介とEmolの事業についてご紹介をお願いします。
千頭氏)Emol株式会社の代表取締役CEOの千頭です。私は元々エンジニアをやっていて、大学卒業して1年後に起業しました。当初は受託会社のような形でしたが、「自分で作りたいアプリ、自分の欲しいアプリ」というコンセプトで開発を始めたのがEmolの始まりでした。Emolは最初、メンタルヘルスケアのアプリとしてコンシューマー向けに提供し始め、そこから企業向けにも展開していきました。さらに深掘りしていくと、精神疾患の治療用アプリの開発にまで手を伸ばし、現在は医療向けの事業を推進しています。
GCP中安)ありがとうございます。個人的にも、メンタルヘルスという非医療の領域から医療の領域までカバーして展開されているのは非常に面白いと思っています。千頭さんの中で、医療側もしっかりやった方がいいと考えられたタイミングについて、もう少し詳しく教えていただけますか。
千頭氏)はい。コンシューマー向けをやっていて企業さんにも提供し始めた中で、やはり日本ではメンタルヘルスに対する考え方に、まだ偏見が結構あると感じました。「メンタルヘルスケアは必要」と理解していても、それを実践することに恥ずかしさを感じたり、「やる意味があるのか」と疑問視されるなど、リテラシーがまだ高くないと感じました。
そのため、一般向けにアピールするのはまだ少し早いのかもしれないという考えもありました。実際に、コンシューマー向けアプリのヘビーユーザーは、精神疾患の経験者が再発予防として使っていたり、現在カウンセリングを受けている方が使っていたりしました。
実際に困っているのは病院に通院されている方だということがemolのユーザーから見えてきました。当初は軽いメンタルケアから始めて、将来的に医療向けに展開しようと考えていましたが、むしろ逆の戦略として、医療向けから始めて、それが浸透してきたらケアの方に普及させていく方が日本では効果的ではないかと考えるようになりました。この考え方の転換は約4年前のことで、そこから治療用アプリの開発に着手することになりました。
GCP中安)素晴らしいですね。私も千頭さんのピッチ資料の中で「医療側からアプローチすることに方針転換しました」というスライドが結構印象的でした。
千頭氏)よく質問されますね。「なぜ医療の方に行ったんですか」とか。特に私は医師でもなく心理士でもないので、「なぜ医療向けの方に取り組もうと思ったのか」ということをよく聞かれます。今も医師でも心理士でもないという立場で、いろいろと大変なこともありますが。
GCP中安)私自身が医者なので、医療従事者ではない方が医療の課題を解決するというのは、中からでは見えない視点で解決できることも多い点がメリットなのではないかと思っています。また、ご自身は医療の専門家ではないかもしれませんが、専門家をしっかり巻き込んでいるところも素晴らしいと思います。チームとして医療も医療ではない領域もカバーして、新しいアプローチを生み出していただけたらすごいなと思っています。
千頭氏)ありがとうございます。そうですね。中安さんが医師だということもあって、初めて相談したときも、「精神疾患の治療アプリ」と言ってもよくわからないと思われるかと思ったんですが、非常に理解が早くて驚きました。
GCP中安)治療用アプリ自体、最近は様々な意見がある世の中ですよね。アメリカの代表例であるPear Therapeuticsさんのような会社がうまくいかなかったりして、日米ともに「治療アプリは難しい」という文脈はあると思います。そんな中でも皆さんならきっと突破していただけると思って投資させていただいたのですが、今回の調達では、「そもそも治療用アプリはどうなの」といった反応が多かったのですか?
千頭氏)そうですね。今回の調達では、中安さんにお話させていただいて、アプリにまだ可能性を感じていただけているというのもありますし、そういう状況をしっかり理解した上で、なぜ保険点数がつかなかったのか、弊社の事業がなぜいいのかというところを一緒に話していただけたのは、本当にありがたいと思っていました。
GCP中安)実際、私はこの半年から1年の間、アメリカのヘルステックを見ているVCさんともいろいろお話させていただく機会があったのですが、特にアメリカではデジタルセラピューティクス自体にもう投資家が寄り付かない状況になっているようです。ただ、私はコンシューマーが使うようなアプリも含めて医療がDXされていく方向性に時代が進むと信じているので、そこの突破口を見つけながらやっていきたいと思っています。
千頭氏)そうですね。アメリカと日本では保険の考え方も違いますし、制度も異なるので、ある意味日本がアメリカよりチャンスがあるんじゃないかと私は捉えています。まずは日本でしっかりと治療用アプリを普及させることに頑張りたいと思っています。
GCP中安)今後emolとしてどういうことに挑戦されて、どういうふうにメンタルヘルス市場を変えていくのかというところは、ぜひ皆さんにも聞いてほしいなと思っています。まず、千頭さんが想像している未来のメンタルヘルス医療はどんな姿なのか、ぜひ深掘りしたいと思います。会社のホームページには「メンタルヘルスケアを当たり前にし、健康な社会を作る」とありますが、この方向性でどのような未来を描いているのか、ぜひ教えてください。
千頭氏)ありがとうございます。「メンタルヘルスケアを当たり前に」というのは、創業当初から考えていることです。日本ではメンタルヘルスに対するネガティブなイメージがあると感じています。なかなか予防をしようという考えや、健康なときからケアしようという意識が普及していないと思っています。
実際、体調が悪くなってきて「これはちょっとやばいかも」と思っても、「精神科に通っていると思われたくない」とか、「会社の人に相談するのはちょっと...」といった懸念があるため、治療に繋がるのも遅くなってしまいます。いざ治療を始めたら、重症化しているせいで治療期間がかかってしまうことになります。
早く治療すれば早く治るということもありますので、メンタルケアに対する意識がネガティブなせいで、治療にも繋がらないし予防もできないという状況になっています。体の健康については、健康診断を受けたり、風邪をひいたらすぐ病院に行くということが当たり前ですが、メンタルケアも同じように、風邪をひかないように手洗いうがいをするぐらいの習慣をつけてもらったり、少し調子が悪くなってきたと感じたらすぐに専門機関を受診するといいと思います。病名を使わなくても全然いいと思うので、そういった当たり前のものにしていきたいというのが、弊社の目指していることです。
啓発から再発予防まで: Emolが構築する精神疾患治療の包括的サポート
GCP中安)そうやって当たり前になって、気軽に受診するというのはすごく理想的だなと思いつつ、今の市場ではかなり需給ギャップが大きかったり、偏見もあってなかなか受診できないといった課題があると思います。まさに皆さんが開発されているプロダクトがそこを変えていくところかなと思っているので、ぜひプロダクト側でどのようにその未来を作ろうとされているかについてお話しいただけると嬉しいです。
千頭氏)はい、ありがとうございます。そもそもうつ病などは有名ですが、それ以外の疾患はあまり知られていないということも問題だと思っています。弊社が現在開発している治療用アプリは、強迫症と社交不安症とADHDを対象としています。ADHDも最近かなり有名になってきましたが、強迫症や社交不安症については「聞いたことがある」程度で、どんな疾患か全然知らない人の方が多いのではないかと思います。
自分の性格だと思っていたものが実は疾患だったりすることもあります。「何か生きづらいな」とか「自分はこういう人間だから仕方ない」と思っていたことが、実は強迫症であったり社交不安症であったりします。実際にそれを知って病院に通い始めると良くなって、生活で諦めてきたことができるようになったりします。
まずは疾患の啓発を今年の7月くらいから始めています。そのために無料アプリで疾患啓発する「Fuasil」という名前のアプリ(不安について知る)をリリースし始めました。これが始まりとなりますが、将来的に弊社が目指しているのは、疾患啓発から受診勧奨、診断、治療、再発予防まで、精神疾患に関わる全てのフローを包括的にサポートしていくことです。これを「ペイシェントケアプログラム(PCP)」と名付けて普及させていきたいと思っています。
その取っ掛かりとして、まず疾患啓発を行っています。治療用アプリだけを単体で作っても、それを使うまでに至る人になかなか届かないことになりかねません。そこまでの皆さんが感じているハードルを取り除くようなところをシステムなどを駆使して提供していきたいと思っています。医療関連の周辺領域にも手を伸ばしていこうと思っています。
認知行動療法の壁を超える: emolが挑む精神科医療のDX革命
GCP中安)ぜひお伺いしたいと思っているのは、今回プレスリリースでも周辺の医療サービスとして医療DX事業も一つの柱としてやっていきますとお話いただいていると思うのですが、この医療DX事業ではどういうことを考えているのでしょうか。そもそも精神科医が短時間の診療でお薬を処方せざるを得ない、、認知行動療法を受ける機会もない、、全然治らないし誰にも話を聞いてもらえないというのが現場の課題感としてあるのかなと思うので、その辺の現場の精神科医療の課題感と絡めてどのようなDX事業を考えているのかについて、改めてお伺いしたいと思います。
千頭氏)精神科の課題は聞けば聞くほど山積みだなと思っています。特に弊社が開発している強迫症や社交不安症の領域では、患者さんが適切な治療を受けることができていないという課題がまずあります。一般的にはお薬による治療が主流だと思われていますが、実は認知行動療法という精神療法が第一選択肢で、それと併せて薬も第一選択肢ということになっています。
ただ、認知行動療法の実施率は日本では6.2%しかないという現状です。認知行動療法はお薬を使うのではなく、医師やカウンセラーとの対話で行うものなので、もちろん副作用はありません。薬と比較してのメリットも認知行動療法には実はあります。再発率が低かったり、寛解率が高かったりといった点もありますが、これを実際の医療現場で行えていないという問題があります。
というのも、認知行動療法を行うにはハードルがあります。そもそも認知行動療法は疾患によって手法がかなり異なるので、それを全て行える医師もカウンセラーもあまり存在しないと思います。また、医師が認知行動療法を行った場合のみ、現在は保険が適用されますが、医師が認知行動療法に時間を割くことが現実的に不可能に近いため、数分での診察が現実的となり、対話による認知行動療法を行う時間がないという状況になってしまっています。
実際には資格を持つカウンセラーの方が行うこともありますが、その場合は保険適用されないので、1回あたり5,000円、高い先生だと1万円以上かかる場合もあります。そのため、患者さんも継続して行うのは難しいという問題があります。
この問題を治療用アプリでかなりカバーできると思っています。医師が忙しい中でも、治療用アプリを使うことで患者さん自身が認知行動療法を行っていくことができますし、診察時間が5分程度でも実施できることを実現していきたいと思っています。
ただ、そのためにもいきなり「治療用アプリでこういうことを行います」と言っても、なかなか普及が難しいと思います。今まで治療用アプリは国内ではほとんど存在せず、高血圧とニコチン依存症向けなので、精神科領域ではまだ全然使われていません。そこで、治療用アプリに抵抗感なく使ってもらえるようにすることが必要だと思っています。
そのために、治療アプリをただ提供するのではなく、それをどう活用していくのか、どういうふうに使っていけばいいのかといったところを、医療DXという形で弊社が使い方から活用法まで提供していきたいと思っています。
GCP中安)そうですね。本当に難しい領域なので、普及させていくという意味では、疾患領域の専門の先生方とも連携されていて素晴らしいなと思っています。もしよければ、どのような形で巻き込んでいったのか、今どのような形で連携しているのかというのを、お話しいただける範囲で教えてください。
千頭氏)はい。実は弊社は社内に医師が1人もいないんです。基本的には疾患ごとにその専門にされている医療機関の先生方や研究機関の先生方と共同研究で進めさせていただいています。疾患ごとに共同研究先の先生は異なるのですが、アプリの開発を一緒に手伝っていただいているという感じですね。
GCP中安)本当にいろんな先生を巻き込んでいて素晴らしいなと思います。確かにどの先生なのか全部公開されていないかもしれませんが、素晴らしい先生方が一緒に開発してくださっているというところもすごく魅力だなと思って今回投資させていただきました。現場の先生方を巻き込んで一緒にやっていけたらと思います。
認知行動療法の壁を超える: Emolが挑む精神科医療のDX革命
GCP中安)5年後、10年後にメンタルヘルスの医療がどんな感じになっているのか、emolが普及した先でどうなっているのか、千頭さんの描く未来像についてぜひお伺いしたいと思います。患者目線でも医者目線でもいいので、どんなケアが提供されているのか、どんなメンタルヘルスの世界があるのかについてお聞かせください。
千頭氏)考えていることとしては、弊社が精神疾患の精神科医療をサポートしていくようなことを提供したいと思っています。それがうまく普及できていれば、患者さんがちゃんと行いたい治療を行えるようになっているだろうと考えています。認知行動療法も「行いたいんです」と言っているのに行えていない患者さんが結構いるのですが、それも時間的制約などの問題があります。
まず、患者さん自身が早く気づいて「これはもしかしたら病気かもしれない」と気づき、専門機関に通った際に「こういう治療法がありますよ」と適切に教えてもらい、その中で自分が行いたい治療を行うことができる。そして、医療機関の負担も大きいと思うので、お家で治療アプリを使ってできるようになれば、治療をすること自体の抵抗感もなくなってくるのではないかと思います。
そういったことを行っていくことで治療への抵抗がなくなり、予防といった面でも気軽にできるようになってきて、もっとメンタルケアということが弊社のパーパスである「当たり前に」ということに繋がっているだろうと想像して事業を行っています。
GCP中安)ありがとうございます。本当にテクノロジーの力を使って、より多くの患者さんが受けたいメンタルヘルスケアを受けられるようになったら最高ですね。
千頭氏)そうですね。今、本当に受けたくても認知行動療法を受けられないという方が多いので、ちゃんと医療の選択ができればいいなと思っています。
GCP中安)今回私も投資検討のときに市場についていろいろ調べさせてもらったんですが、認知行動療法をこんなに受けたいけど受けられていない人がいるんだなというのは驚きでした。事業機会はあるなと思っているので応援しています。
千頭氏)ありがとうございます。投資検討いただく際も中安さんがいろいろ本当に調べていただいて、知らない間に「これはこういう課題があるんですね」などと知っていただいていたので非常にありがたいなと思いました。
メンタルケアが当たり前の社会へ: Emolが描く5年後、10年後の未来像
GCP中安)私も千頭さんにお会いするたびにいろいろ計画がアップデートされていってすごく楽しいなと思っていたので、これからも一緒にメンタルヘルス業界を変えていけたらいいなと思います。最後に、視聴者の方でemolで働くことに関心を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、カルチャーだったりとか働き方みたいなところはどんな感じでやっているんですか。
千頭氏)弊社の働き方ですが、まだ少人数というのもあるのですが、フルリモートで働いているというのが一つの特徴かなと思っています。コロナ禍でリモートになってしまったという経緯があり、そこから「この方が働きやすいのではないか」という感じになってきました。フルリモートで働けるということで、日本のいろんなところに従業員の人たちが自由に引っ越したりしています。東京から関西に引っ越そうかなという話もあります。こういったところでいろんな場所で働けるというのが特徴になっているのかなと思いますので、それが魅力に思っていただけることもあるかと思います。
ただ、フルリモートで何でも自由にできるというわけではなく、やはり自立して自分で目標を持って働いてくれている人が多いというのがあります。なのでリモートでも成り立っているのかなと思います。これから資金調達したところなので採用活動を強化していきたいと思っています。フルリモートで働いてみたいという方、もちろんフルリモートで働くにはそれなりに自立して自分で仕事をしていく必要性はありますが、そういったところで自分で仕事を推し進めていきたいと思っていただけるような方に応募してもらえると嬉しいです。
GCP中安)ありがとうございます。ぜひ未来のメンタルヘルス医療を作っていきたい方と一緒にできればと思いますので、私からもお願いします。最後に一言いただいて終わりにしたいと思います。
千頭氏)そうですね、最後に弊社のキャラクターも紹介させてください。アプリのキャラクターとして白い丸いキャラクターがいるのですが、これが「ロク」という名前です。非常にユーザーにかわいがられているキャラクターとなっています。アプリにおいてもこのロクが治療をサポートしてくれるので、皆さん癒されながら治療やケアを行っていただければと思います。気になった方は「emol」というアプリを検索してもらって、このロクと一緒にちょっとお喋りしてみてください。
GCP中安)素晴らしいPRでした。ちなみにロクの名前の由来は何ですか?
千頭氏)これはよく聞かれるのですが、最初は感情の記録アプリから始まっているんですね。それで最初に自己紹介するときに「記録係のロクです」と。
GCP中安)なるほど。ぜひ皆さんロクとともにemolを使ってみてください。千頭さん、ありがとうございました。
以上