ダイヤモンド半導体で変革を起こすdeeptech企業、大熊ダイヤモンドデバイス。資金調達の背景と今後の戦略
こちらは、2024年10月4日にGCP House内で配信したPodcastの書き起こし・一部編集した記事となります。
革新から実用へ:ー大熊ダイヤモンドデバイス 星川代表が語る創業と成長の軌跡
GCP阿部)本日は、先日資金調達のリリースを発表した大熊ダイヤモンドデバイスの代表取締役、星川さんにお越しいただきました。本日は資金調達の背景と今後の事業成長性について、担当キャピタリストの中村からも当時の状況を交えながらお話を伺いたいと思います。まず初めに、大熊ダイヤモンドデバイスの星川さんに今までのキャリアと創業された経緯を含めて自己紹介をお願いできますでしょうか。
星川氏)弊社は、社名が示す通り、ダイヤモンドを用いた半導体デバイスの開発・製造を行っております。当社の製品は、高温環境や強い放射線にさらされるような過酷な条件下でも使用可能という特徴があります。この特性を活かし、廃炉原発から宇宙通信に至るまで、幅広い分野での活用を目指すベンチャー企業です。
私は23歳で最初の会社を立ち上げました。その事業が一段落したとき、25歳頃に、技術を軸とした本格的な会社を作りたいという想いが芽生えました。
その後、北海道大学をはじめとする各大学の研究を調査し、歴史に残る可能性を秘めた技術を探していました。そして2016年に出会ったのが、ダイヤモンド半導体でした。
以来、約7年間にわたり研究室に身を置き、事業化に向けた技術の蓄積と準備を重ねてきました。そしてようやく、その技術を企業として世に送り出せる段階に達し、大熊ダイヤモンドデバイスを設立するに至りました。
GCP阿部)星川さんとの出会いについて、中村さんにお伺いしたいと思います。最初の出会いの時期と、その経緯についてお聞かせいただけますでしょうか。
GCP中村)当社が初回投資をさせていただいたのは2023年5月でしたが、最初の出会いは前年の2022年に遡ります。当時、北海道産業局主催のイベントで、弊社の今野が星川さんのピッチを拝見し、非常に魅力的な起業家だと強く印象に残りました。
その後、我々のファンドとして星川さんと継続的に対話を重ね、議論を深める中で、初回投資の実現に至りました。
GCP阿部)星川さんから見た中村さんの印象についてお伺いさせてください。
星川氏)大変温かく接していただき、その印象が今でも強く残っています。実はそのピッチコンテストでは入賞することはできませんでしたが、思いがけず投資につながるご縁となりました。
GCP阿部)なるほど。中村さん当時の何か初回の印象ってどんなところに面白みを感じていましたか。
GCP中村)連絡を受けた直後に、事業内容を確認しました。ダイヤモンド半導体という分野は、当時はまだ量産化までの道のりが遠いと考えられており、特にアナログ半導体は日本が強みを持つ領域です。そのため、最初はスタートアップ企業での実現可能性に疑問を感じていました。しかし、星川さんとの対話を通じて、具体的な実現への道筋と明確な仮説を伺うことができました。さらに、議論を重ねるごとに新たな可能性が広がっていく手応えを感じ、大きな可能性を確信したことを鮮明に覚えています。
技術の蓄積から製品化へーダイヤモンド半導体が切り拓く新たな可能性
GCP阿部)ダイヤモンド半導体の有用性と事業価値について、より具体的にお伺いしたいと思います。星川さんから、基本的な特徴や今後の可能性についてご説明いただけますでしょうか。
星川氏)半導体材料としてのダイヤモンドについて、歴史的な背景と現在の可能性をご説明させていただきます。
ダイヤモンドは周期表14族の最上部に位置する炭素の結晶で、古くから「究極の半導体」と呼ばれてきました。1980年代には、その物性値の優位性が既に証明されていましたが、二つの要因により社会実装が遅れていました。
一つ目は、ダイヤモンドの用途の多様性です。研究分野が研磨剤や量子センサーなど、広範に分散してしまい、半導体としての研究開発に集中できませんでした。
二つ目は、当時の市場ニーズとのミスマッチです。8bitコンピュータの時代には、ダイヤモンド半導体の高度な特性を活かせる用途が限られていました。
しかし現在、マクロトレンドの変化により、ダイヤモンド半導体への需要が急速に高まっています。半導体材料の研究開発には通常20〜30年を要しますが、2015年頃から急速に発展した宇宙産業など、過酷な環境下での利用に適したダイヤモンド半導体の特性が注目されています。
このタイミングで、20年以上の研究開発の蓄積を持つ私たちが、市場の要請に応えられる独自のポジションを確立できている状況です。
GCP阿部)中村さんから見たダイヤモンド半導体の魅力と、社会実装に向けた展望についてお聞かせいただけますでしょうか。
GCP中村)2023年の初回投資判断の際、当社のファンド内で特に重視したポイントについて共有させていただきます。まず、化合物半導体の分野において、窒化ガリウムやアルミニウム、シリコンカーバイドなど様々な選択肢がある中で、「ダイヤモンドでなければならない領域」の規模と必然性を慎重に評価しました。市場規模やタイミング、そして実用化までの道筋を見極める必要がありました。
特に宇宙開発や通信分野など、具体的なアプリケーションにおける切実なニーズの存在を丁寧に検証していきました。その過程で、一見しただけでは即断できない案件でしたが、詳細な検討を重ねるほどに、ダイヤモンド半導体の必然性が明確になってきたのです。
さらに、この分野で日本が世界市場でポジションを確立できる絶好の機会だという確信も得られました。これが投資判断を後押しした大きな要因となりました。
GCP阿部)素材としての魅力に加えて、事業としての成長性や市場の将来性も重要な投資判断の要素だったと思います。そこで星川様に伺いたいのですが、創業から現在に至るまで、事業の成長に向けて特に注力されてきた取り組みについてお聞かせいただけますでしょうか。
星川氏)お客様が真に価値を感じる製品を提供することが不可欠です。そのためには、単なる半導体デバイスではなく、信号処理が可能な最終製品に近い形での提供が市場創造には必要不可欠だと考えています。
つまり、ダイヤモンド半導体の開発だけでなく、トランジスタ周辺の設計や信号処理など、実用化に向けた周辺技術の確立も重要です。社会実装により近い部分の技術開発と知識の習得に特に注力しており、これが当社の重要な差別化要因となっています。
投資判断の深層 ー「信頼」と「実行力」の価値
GCP阿部)中村さんにお伺いしたいのですが、素材開発から事業化への展開において、なぜこのタイミングでの投資を決断されたのでしょうか。投資判断の背景についてお聞かせください。
GCP中村)投資判断における三つの重要なポイントと、追加投資に至った理由についてご説明させていただきます。
第一に、市場のタイミングです。需要家側での技術導入の必然性が高まってきており、マーケットニーズと技術の成熟度が合致する時期に差し掛かっていました。
第二に、市場の大きな可能性です。電動化や通信速度・容量の拡大など、社会的に不可欠な技術革新において、当社の技術がボトルネックを解消する重要な役割を果たせると確信しました。
第三に、事業展開の実現性です。川下アプリケーションの開発には多くの資源が必要となりますが、国の支援を受けられる体制が整っていることに加え、技術的な蓄積とチームの実績から、補助金も活用しながら持続可能な経営が可能だと判断しました。
そして今回の追加投資の決め手となったのは、当初の計画を着実に、時にはそれを上回るペースで達成してきた実績です。難しい事業領域にもかかわらず、約束した目標を確実に実現してきたチームの実行力が、私たちに大きな確信を与えました。
星川氏)大変でしたけどね。笑
GCP阿部)星川さんにお伺いしたいのですが、研究開発型の事業において、投資家への説得は特に難しい面があったかと思います。売上実績で比較検討ができる段階ではない中で、資金調達を成功に導くために特に注意された点や、手応えを感じた瞬間、また工夫されたポイントについてお聞かせいただけますでしょうか。
星川氏)事業を成功に導くポイントとして、大きく二つの側面からお話しさせていただきます。
まず、日々の着実な積み重ねです。中村さん、今野さんとの月例ミーティングでは、進捗状況を確実に示すことを重視してきました。約束した目標の達成はもちろん、想定外の課題に対する解決策の提示など、基本に忠実に取り組んできました。当たり前のことを当たり前に、地道に向き合うことを徹底してきました。
次に、より大きな視点として、日本の半導体産業における使命感です。かつて強みを持っていた日本の半導体産業ですが、これからの時代に向けて、私たちは逃げるわけにはいきません。日本には実需があり、研究開発の蓄積もあります。であれば、社会実装に向けて、日本国内での工場設立を含めた本格的な産業化に挑戦する必要があります。この強い信念を、多くの方々と共有しながら、一緒に前進していく姿勢を大切にしてきました。
GCP中村)大熊ダイヤモンドデバイスの強みは、単なる技術シーズの社会実装という枠を超えた、骨太なビジョンを持っていることです。星川さんとの初回の対話から感じられたのは、大きなストーリーの存在と、それを裏付けるファクトやエビデンスの充実性でした。この説得力の高さは、国からの支援獲得にも表れています。
印象的だったのは、様々な研究機関との連携プロジェクトに参加させていただいた際の光景です。そこには研究者たちの熱気が満ちあふれ、まるで一つの大きな目標に向かって全員が一丸となっているような雰囲気がありました。
経営チームを中心に、次世代の大きな事業創出という目標に向けて、多くの関係者が熱意を持って取り組んでいる。この巻き込み力と、明確な大義の提示が、非常に重要な成功要因だと感じています。
星川氏)7年間の研究期間の厚みが、現在の事業展開において大きな強みとなっています。
長年の研究活動を通じて築いてきた研究者の方々との信頼関係は非常に重要です。会社設立前から多くの研究者と対話を重ね、創業の意思を共有してきたことで、創業時には既に「いよいよその時が来た」という期待感を持って迎えて頂きました。
研究者との信頼関係において最も重要なのは、「期待を裏切らない」「逃げない」という強い意志を示し続けることです。この7年間の積み重ねが、創業時からの確かな信頼基盤となっています。
40億円の先にある挑戦 ー 世界を見据えた日本発・半導体産業の再興
GCP阿部)では改めて、今回約40億円の資金調達(デット含む)を実施された背景と、この資金を活用した今後の事業展開について、星川さんからお聞かせいただけますでしょうか。
星川氏)半導体産業において、製造販売を実現するためには工場の設立が不可欠です。通常、半導体工場の建設には数百億から数千億円規模の投資が必要となります。お客様からの需要に確実に応えるためには、民間の製造設備を持つことが産業としての基盤となります。今回の資金調達は、その第一歩として位置づけています。
しかし、40億円の調達はあくまでもスタートラインに立った段階です。これから工場を建設し、製品の安定供給を実現する責任があります。さらに、原子力発電所の廃炉など、重要な社会課題に対するソリューションを提供していく使命があります。この資金は、そうしたビジョンに共感していただいた方々からお預かりしたものです。
まさにこれからが真価を問われる段階であり、その責任を胸に、より一層気を引き締めて取り組んでまいります。
GCP阿部)中村さんから、今回のフォロー投資を含め、大熊ダイヤモンドデバイスの今後の飛躍に向けた期待と、共に歩んでいきたいというメッセージをお聞かせいただけますでしょうか。
GCP中村)「Why Japan」の強みを活かしながら、世界のインフラとなりうる大きなポテンシャルを秘めた事業だと確信しています。
一方で、この事業を成功させるためには二つの側面でのチャレンジが必要です。まず、製品を確実に顧客に届けるという、地に足のついた堅実な経営です。そして同時に、NVIDIAのような、既に産業インフラとして不可欠な存在となっているグローバル企業を競合として見据えた、より大きな挑戦も求められます。
技術的なブレークスルーやものづくりの革新に加え、経営面での新たなチャレンジも必要となります。当ファンドとしても、非常にチャレンジングな投資案件として捉えており、様々な形での支援の可能性を探りながら、共に成長を目指してまいります。
星川氏)資金調達の目標と事業の展望について、三つの段階で考えています。
まず、事業基盤の確立には約50億円の投下資本が必要です。次の段階として、約100億円の資金調達により、日本のトップティアのベンチャー企業としての地位を確立できると考えています。さらに、300億円規模の資金調達が実現すれば、テスラのような世界的な企業へと成長できるポテンシャルがあると確信しています。
歴史的に見ても、半導体産業は国家的な支援から始まっています。今後は、この300億円規模の資金を効率的に活用し、日本発の半導体戦略における勝ち筋を描いていくことが大きなチャレンジとなります。
この挑戦に向けて、引き続きグロービスキャピタルパートナーズ様のご支援をいただければと考えています。
GCP中村)中国のスタートアップの足元の動き見てるとITからディープテックへと投資の軸足を大きく移行しており、国主導で半導体産業に500億円から1000億円規模の大規模な投資を行っています。特にチップレット等の重要分野では、実質的な国営企業として巨額の資金が投入されています。
このような環境下で、日本の競争力を維持・向上させるためには、26年間蓄積してきた技術的資産を活かしつつ、資金力の面でも遅れを取らないことが重要です。技術があっても資金不足で機会を逃すことは、国家的な観点からも許されない状況です。そのため、適切なバトンリレーと仲間作りが不可欠となっています。
大熊ダイヤモンドデバイスの特徴は、シニア研究者を含む幅広い年齢層の専門家が集まり、日本の産業資産を活用できる体制が整っていることです。日本には依然として、優れたものづくりの知見と深い研究開発力を持つ人材が豊富に存在します。これらの人材を効果的に巻き込み、大きな事業を成功させることは、次世代の革新的企業を生み出すためのショーケースとなります。
単なる投資のリターンを超えて、より大局的な視点で、オールジャパンでありながらグローバルに展開できるチームとして、この重要な使命に取り組んでいく価値があると確信しています。
GCP阿部)世界的な競争において、今このタイミングで後れを取ることは許されない重要な局面にあります。これからさらなる成長フェーズに入っていく中で、私たちも全力でサポートさせていただく所存です。
最後に星川様から、この機会に追加でお伝えしたいことや、アピールしたいポイントなどございましたら、お聞かせいただけますでしょうか。
星川氏)私たちの事業には、二つの重要な使命があります。
まず第一に、原子力発電所の廃炉という社会的責任です。東日本大震災の教訓を活かし、より厳格な安全基準と過酷事故への対応を組み込んだソリューションの提供が不可欠です。原子力発電は産業誘致や電力供給の観点から重要な選択肢となっていますが、廃炉問題が解決されていない現状は大きな課題です。この問題に対して、確実なソリューションを提供することが、事業とは別次元の重要な社会的責任だと考えています。
第二に、廃炉技術の開発を通じて構築した技術基盤を、宇宙通信などの成長産業へと展開していくことです。社会的責任を果たしながら、次世代の成長市場に向けた技術革新を推進していく。このストーリーを実現することが、私たちに課された使命だと考えています。
GCP阿部)貴重なお話をありがとうございました。ダイヤモンド半導体という革新的な素材の可能性から、その社会実装への道筋、さらには日本が担うべき重要な使命まで、非常に示唆に富むお話を伺うことができました。大熊ダイヤモンドデバイスの挑戦は、単なる技術開発や事業成長を超えて、国家的な重要性を持つプロジェクトへと発展しています。これまでのチャレンジングな道のりを経て、今後さらなる成長に向けて新たなステージに入られます。
私たちも引き続き、その成長の道のりに寄り添いながら、全力でサポートさせていただく所存です。
以上